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越境からエンゲージメントの可能性を探る

「会社と対等な関係でありながら、社員がひとりの〈個〉として自発的に組織へ貢献していく」という理想はあるものの、現実には若手~中堅社員のエンゲージメントの低さを感じる企業様が多くいらっしゃいます。こうした状況を切り拓くうえでも「越境学習」は有効となります。

2023年1月17日(火)、石山恒貴氏(法政大学大学院政策創造研究科 教授)をゲストに迎えたセミナー「もっと知りたい!! 越境学習」を開催しました。

人的資本経営の観点からパーパスを捉え直しつつ、自社で働く社員のエンゲージメントをいかに高めていくかに着目される企業さまが増えています。私たちウィル・シードは、数々の越境学習プログラムを提供してきましたが、実は越境とエンゲージメント向上には、非常に深い関係や可能性があると考えています。

そこで、日本における越境学習の第一人者である石山氏に「越境からエンゲージメントの可能性を探るとは、どういうことなのか?」をテーマにお話を伺いました。


| エンゲージメントとは何か

組織やマネジメント分野において「エンゲージメント」というキーワードが登場したのは1990年のこと。組織行動論研究者のウィリアム・カーン氏が着想したもので「人が何かの役割に没入すること」だと定義づけています。エンゲージメントというと、身近なものでは婚約時に交わすエンゲージメント・リングがありますね。婚約はある意味で互いに没入し、これから共に過ごすという合意ができている状態と言えます。

最近では「従業員エンゲージメント」という言葉がしばしば登場するようになりました。これは「組織に対する愛着心や信頼度」※1 を指します。また、世界的な標準のワーク・エンゲージメントは、「仕事全般に対して〈活力〉〈熱意〉〈没頭〉の3つが揃った状態」※2 と定義されています。このように「何に対して熱中するか?」というあたりで、エンゲージメントにはいくつかの種類があります。エンゲージしている、つまりは何かに熱中している状態というのは周囲をよく観察し、周囲の何かに参画し、統合され、夢中になっている状態※3 です。例えるならば、ロールプレイングゲームの世界に没入し、熱中しているような状態といえます。

| エンゲージメント向上のポイント

2017年、アメリカの調査会社・ギャラップ社が世界各国の企業を対象に行った従業員エンゲージメント調査※4 によると、アメリカでは「熱意にあふれる社員」の割合が32%だったことに対し、日本はわずか6%。これは順位にして139カ国中132位です。さらに日本は「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の割合が24%、「やる気のない社員」の割合が70%。残念な結果です。

エンゲージメント向上のポイントはどこにあるのでしょうか? ギャラップ社は「部下に口答えさせず、確実に業務を遂行させるためのマネジメントではなく、上司は個々の部下の強みに着目し、一緒になっていかに結果を出すか、成長していくかを考えるべき」と分析。日本は〈個〉が自分の強みを出しにくいということがうかがえます。

それから、日本は私生活を犠牲にしても仕事を優先させる風潮が根強くあることに加え、集団の調和を過度に重んじるために、周りを気にして長時間労働をするし、単身赴任もいとわずに転勤する。会社や上司は「不平を言わず、社員は辞めないことが当然」と思っている節があるので、理不尽な要求をしてしまうこともある。リスクへの挑戦は称賛されず、何でも上司に「報・連・相」して言うがままになっている※5 こともあるのではないでしょうか。私個人の意見ですが、私生活も仕事と同じくらい大切ですし、仕事でも個人の強みや価値観を重視すべきではないかと考えています。

| 人生の中で最悪な時間は「上司と過ごす時間」

ギャラップ社による世界各国の過去の調査の分析結果によると、「仕事を含めた1日の中で最悪の時間」について、「上司と過ごす時間」であることが浮き彫りになったそうです。こうした結果から、ギャラップ社は組織の全員が「それぞれの個人の強み」を知っていることが大切であり、上司はマネージャーやボスではなく「コーチ」になるべきだと提案しています。

コーチになり、個々人の強みをいかに伸ばすかに着目すべきだということです※6 。いきなりできることではありませんし、会社からは「部下に残業させるな、パワハラはするな。仕事の成果も出せ」と言われて部下からは「最悪」と思われ、苦労の多いポジションではありますが、エンゲージメントを高めるには上司の関わりは必要不可欠だと考えます。

| 越境学習という「冒険」で自分の強みを知る

とはいえ、改めて「〈私〉の強みやパーパスは?」と振り返ってみても、きちんと認識できている人はそう多くありません。自分のあり方を探る手掛かりをつかむチャンスが、越境学習にはあるのです。

越境学習というと「意識が高い一部の人向けのもの」というイメージがあるかもしれませんが、決してそうではありません。私は、働くすべての人のための学習だと考えています。なぜなら、職場や業務内容など、ずっと同じ場所にいたり、同じことをし続けると、知らず知らずのうちに固定観念に捉われる可能性がある。しかし、いつもの場所から離れてみると、不慣れでモヤモヤしたり、葛藤したりしながらも、固定観念が打ち破られて視野が開けることがあります。

私は越境学習を「冒険」だと思っています。見知らぬところへ足を踏み入れるとき、不安でドキドキするけれど、来るべき出会いにワクワクもする。学びとはいえ、非常にエキサイティングで有意義な経験になるはずです。

越境学習は、言うなれば自分の心の中で「ホーム」と「アウェイ」と思っている場所を往還するといったイメージです。ホームとは、よく知った人がいて、社内用語も通じて、安心できるけれども刺激がない場所。アウェイは、見知らぬ人がいて、社内用語は通じず、何となく居心地が悪いけれども刺激がある場所です。

ホームには上司がいて、上下関係があるけれど、アウェイでは人間関係を一から構築することになり、上下関係はない。会社にいるときのように誰かからの指示待ちではなく、自らが能動的に動いていかなければならない。アウェイでは、経験や知識など、自分の資源を動員して行動してみることで、物事を多面的に見られるようになりますし、新たな価値観を得られるはずです。また、越境先から自分の所属する組織を見つめ直し、自社の良さを再発見することもあるでしょう。もがき、葛藤することで自分自身の強みだったり、心の奥底にしまい込んでいたような〈個〉としての思いや、本当にやりたかったことも俯瞰できるようになることでしょう。

| 越境学習は「一人多様性」を増やす学びでもある

越境学習では、いったん会社の価値観と自分の価値観が引き剝がされることになる。これは会社のパーパスを遂行する上で遠心力が働いて良くないと思うかもしれませんが、実際はそのようなことはなく、〈個〉が自分自身の価値観や強みを理解できるようになるからこそ、会社の価値観と100%一致していなくても、逆に一致しているところがよく見えるようになりますし、そこを深掘りすることで、より会社のパーパスに共感できるようになることも起こり得ます。

このことは、ダイバーシティとも関連があると思っています。ダイバーシティは「女性活躍」など、性別や年齢といった表層的な部分を多様化することがダイバーシティだという見方がありますが、目に見えない深層的な部分、つまりは性格や価値観、知識や経験など、一人ひとりの内面的特性を尊重し合って良い組織を実現することもダイバーシティである※7 と言われています。

さらには、組織の中にダイバーシティがあるだけでなく、自分の中にもダイバーシティがある状態。これを「イントラパーソナルダイバーシティ」、日本語で「一人多様性」と呼びます。※8 例えば、組織の中に違う価値観が入ってきたとき、一人の中に単一の価値観しかなければ、Aという価値観とBという価値観を持つ人たちの間で分断が起きてしまいます。しかし、越境をするとあらゆる物事を俯瞰できるようになり、大企業の価値観もあればベンチャーの価値観もある、さらには自分自身の価値観もあるといったように、多様な価値観が同時に自分の中で存在してもそのまま受け入れるといったように、〈個〉の中の多様性が高まり、「一人多様性」がある人びとが組織の中に大勢いれば分断も起きにくくなると言われています。越境学習は「自分は何か?」を問い直す学びであると同時に、「一人多様性」を増やす学びでもあるのです。

近年はキャリア自律の必要性が増していますが、これも〈個〉の価値観が軸となります。ここでも越境学習は、非常になじみが良いのです。越境することで価値観や興味が明確になるだけでなく、アップデートし続けることもできるようになります。

| 囲い込んで会社の色に染めることは逆効果

ベテランになればなるほど、同じ会社にいればいるほどに、会社のミッションと自分の価値観の区別がつきにくくなってしまう。言い換えれば「〈私〉の強み」は失われ、エンゲージメントが低い状態と同じだと思います。

どうも会社のエンゲージメントというのは、囲い込んでエンゲージメントしましょうといったマネジメント色が強いのです。囲い込んで、〈個〉の持ち味を抹殺して、組織の調和だけを強くやってしまうと、むしろエンゲージメントは下がってしまいます。そうではなく、個人のパーパスを尊重し、会社のパーパスと重なる部分を明確にしたほうが得られるものは大きいはずです。個人的には、こうしたことを理解してコーチできる上司が増えてほしいですし、できれば上司のみなさんにも越境してもらえたらと思っています。

 

※1 Macey, W. H., and Schneider, B. (2008), “The meaning of employee engagement,” Industrial and Organizational Psychology, Vol.1, No.1, pp.3-30

※2 島津明人(2014)『ワーク・エンゲイジメント――ポジティブメンタルヘルスで活力ある毎日を』労働調査会.

※3 Kahn, W. A., & Fellows, S. (2013). Employee engagement and meaningful work.
In Dik, B. J., Byrne, Z. S., & Steger, M. F. (2013). Purpose and meaning in the workplace.
pp.105-126. American Psychological Association.

※4 日本経済新聞朝刊 2017年5月26日

※5 ロシェル・カップ(2015)『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』クロスメディア・パブリッシング

※6 ジム・クリフトン+ジム・ハーター著古屋博子訳『職場のウェルビーイングを高める』日本経済新聞出版

※7 坂爪洋美・高村静(2020)『管理職の役割』中央経済社

※8 Corritore, M., Goldberg, A., & Srivastava, S. B. (2020). Duality in diversity: How intrapersonal and interpersonal cultural heterogeneity relate to firm performance. Administrative Science Quarterly, 65(2), 359-394.


 

スピーカー 石山恒貴(いしやま・のぶたか)氏

法政大学大学院政策創造研究科教授、博士(政策学)。専門分野は人的資源管理(特に越境的学習や実践共同体など)、雇用マネジメント。NEC、GE、外資系ライフサイエンス会社を経て現職。著書に『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(日本能率協会マネジメントセンター)他多数。

 

セミナー後記/株式会社ウィル・シード ジェネレーター 中川孝晃

「越境させると辞めちゃうんじゃないの?」という不安の声はよく聞かれます。自社の価値観を大事にしてほしい、辞めてほしくないという上司や会社の想いが、部下から見ると「囲い込み」となり、従業員のエンゲージメント低下につながっていたとしたら、とても不幸なことです。思い切って社外に越境させると、部下の中では自分・自社の捉え直しが起こり、〈個〉と組織の重なりがみえてきます。越境が〈個〉を強くし、のちのちの組織の成長や発展にもつながることを石山先生のお話を聞き、あらためて確信しました。 

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