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- 2026.09.03
- レポート
―「AI時代の学びラボ」第3回レポート―AIが”答え”を出す時代に、なぜ「アート思考」が必要なのか
生成AIがさまざまな問いに答え、文章や画像、アイデアまで生み出すようになった今、人には何が求められるのでしょうか。 AIを使いこなすスキルを身につけることはもちろん重要です。一方で、AIが「答え」を出せるようになるほど、その前段階にある「何を問うのか」「何に意味を見いだすのか」という人間側の営みは、これまで以上に重要になるのかもしれません。 全4回で開催している「AI時代の学びラボ」。第1回ではAIを知り、どう向き合うのか。第2回ではAIを伴走者として、AIとどう学ぶのかを考えてきました。 第3回のテーマは「AIと教養」。 ART&LOGIC代表の増村岳史氏をお招きし、「AIが答えを出す時代に、問いと意味を創造する力をどう育むか」をテーマに、アート思考についてお話しいただきました。 今回は、当日の講演とディスカッションから、人事・人材育成担当者の皆さまに特にお伝えしたい内容を抜粋してご紹介します。
■1.AIが答えを出す時代に、人は何を担うのか
講演の冒頭では、アートとビジネスを別物として捉えないために、画家やエンジニア、経営者に共通する創造のプロセスが紹介されました。
増村氏が紹介したのは、発見と実践を繰り返すこと、全体と細部・主観と客観を往復すること、観察によって解像度を高めること、そして熱狂的に没頭すること。アートの制作プロセスには、ビジネスの中で新しいものを生み出すときにも通じる思考の型があるといいます。
アートは「感性だけ」のものではない。ロジックと感性を往復しながら、新しい価値を生み出す営みである。
さらに講演では、サイエンス、テクノロジー、デザイン、アートを「課題解決/問題提起・価値創造」と「論理/感性」の軸で整理しました。デザインが感性を活かして課題解決に向かうのに対し、アートは感性を起点に問題提起をし、新たな価値をつくるものとして位置づけられています。
AIが既存の情報から多くの答えを生成できるようになるほど、「どの課題を解くか」だけではなく、その前に「そもそも何を問題として捉えるのか」を考える力が重要になります。ここに、AI時代にアート思考を学ぶ意味があるというのが、今回の講演の大きな問題提起でした。
■2.アートは「解決」ではなく、その前に「問いを立てる」
「ビジネスにアートが必要だ」と聞くと、「では、具体的に何をすればよいのでしょうか」と聞きたくなるかもしれません。
増村氏は、ここにアート思考を理解する難しさがあると話します。私たちは仕事の中で、問題が示されれば解決策を考えることに慣れています。しかし、アートは必ずしも解決から始まりません。
アートは、解決や課題の前段階にある「問いを立てる」行為である。
講演では、レオナルド・ダ・ヴィンチやジャクソン・ポロックなどの例を通じて、既存の前提そのものを問い直す営みが紹介されました。
たとえばポロックが活動した時代には、写真の普及によって「絵画は役割を失った」とも言われていました。そこで生まれた問いが、「なぜ、絵はキャンバスに描かなければならないのか」。キャンバスに絵を描くという前提そのものを捉え直し、アトリエをフィールド、制作行為そのものをアクションとして再定義することで、新たな表現であるアクションペインティングにつながったと紹介されました。
ビジネスでも同じことが言えます。与えられた課題を効率よく解くだけでは、既存の枠組みの中での改善に留まりやすい。新しい価値を生み出すためには、ときに「なぜ、そもそもこうなっているのか」「別の捉え方はないか」と、問題設定そのものを問い直す必要があります。
■3.問いを立てるために必要な「抽象化」
では、問いを立てるためには何が必要なのでしょうか。講演で一つの鍵として示されたのが「抽象化」です。
増村氏は、抽象化を「具体的な出来事から大事な特徴や共通点を取り出し、別の場面にも応用できる概念にすること」と説明しました。
その例として紹介されたのが、増村氏自身の学生時代の焼肉店でのアルバイト経験です。空いた席の人数に合わせて後ろに並んでいたお客様を先に案内したところ、先頭のお客様が怒ってしまった。「事前に説明する」「割引券を渡す」といった対策は、その店舗では有効かもしれません。しかし、さらに一段抽象化すると、そこには「人は、ないがしろにされたと感じると不満を持つ」という構造が見えてきます。
具体的な出来事を抽象化すると、一つの経験が、別の仕事や場面でも使える「概念」に変わる。
この捉え方ができれば、会議を欠席したメンバーへの情報共有、トップダウンの意思決定における現場とのコミュニケーションなど、まったく異なる場面にも応用できます。
AIは具体的な解決策を高速で出してくれます。だからこそ人には、目の前の事象を一段上から眺め、「ここで本当に起きていることは何か」と捉え直す力が求められる。抽象化は、問いを立てるための重要な思考動作として紹介されました。
■4.「感性か、論理か」ではなく、感性と論理をつなぐ
アート思考という言葉から、「感性を自由に働かせること」をイメージする方もいるかもしれません。しかし、今回の講演では、アーティストは感情だけで作品をつくっているわけではないことが繰り返し強調されました。
たとえば抽象画も、ただ感情のままに描いたものではなく、その背景には「何を問い、何を再定義したのか」というロジックがあります。時代を変えた画家たちは、自分なりの問いと論理を持ち、その上で感性を表現へつなげてきたという説明です。
ビジネスで活かすアート思考は、「ピンときた感性」をロジックにつなぎ、具現化すること。
質疑応答では、「アート思考は一部の才能のある人だけが持てるものなのか」という問いも出ました。増村氏は、プロのアーティストになるには才能が関係する一方で、誰にでも「この音楽が好き」「この映画に心を動かされた」「なぜかこのアイデアが気になる」といった感覚はあると話します。
重要なのは、その「ピンとくる」を趣味や気分だけで終わらせず、なぜそう感じたのかを捉え、論理と結びつけて形にすること。感性と論理のどちらかを選ぶのではなく、両者を行き来することが、ビジネスパーソンにとってのアート思考だと整理されました。
■5.見方を変えると、これまで見えていなかったものが見える
ART&LOGICのワークショップでは、こうした考え方を頭で理解するだけではなく、実際に絵を描くことで体験します。
象徴的なのが「逆さ絵」のワークです。人物を「人物として上手に描こう」とすると、私たちはこれまで持っている人物像や思い込みに引っ張られます。そこで対象を逆さにし、「人」ではなく線や空間の集合として観察する。すると、認知バイアスが外れ、対象そのものをより丁寧に見るようになります。
また、デッサンでは「鉛筆は線を描くもの、消しゴムは間違いを消すもの」という一般的な捉え方を変えます。物は光と影によって見えていると捉えれば、「鉛筆で影を描き、消しゴムで光を描く」ことができます。
上手くなるための技法ではなく、「見方を変えると、できなかったことができる」という経験をつくる。
講演では、絵を描く過程を通じて、イメージを具現化する力、観察する力、理論を学び実践する力、全体を調和・統合する力の4つを育てていくと説明されました。
AI時代に必要なのは、情報をたくさん持つことだけではありません。同じ情報や同じ現実を見ても、どのような前提で見ているのかに気づき、違う角度から捉え直すこと。アートの体験は、その「見方そのものを変える」練習にもなります。
■6.アート思考は、誰に・いつ必要なのか
質疑応答では、「アート思考は新人のうちから育てるべきなのか、それとも一定の経験を積んでから学ぶものなのか」という問いも投げかけました。
増村氏によれば、これまで新人からエグゼクティブまで、さまざまな階層でアート思考・デザイン思考のプログラムが活用されています。ただし、同じプログラムでも階層や課題によって得られる意味は異なります。
・新人:文系・理系を問わず、感性を使った課題解決や「常識を疑い、違う見方を持つ」ことを早い段階から体験する。
・チーム・組織:デザインワークを通じて、チームの目指す姿や理念の意味を言葉と形にし、共通理解をつくる。
・エグゼクティブ:自画像などの制作体験を通じて、自分自身を見つめ直し、審美眼やこれまでとは違う見方を磨く。
つまり、アート思考を特定の階層だけの専門能力として捉えるのではなく、各階層の課題に応じて「ものの見方を広げる」「自分の前提を問い直す」ための学習として位置づけることができます。
また、増村氏と石川の対話では、アート思考は抽象的だからこそ、説明だけでは理解しにくく、実際に手を動かして体感することが重要だという話になりました。頭で「問いが大事」「観察が大事」と理解するだけではなく、自分の見方が変わる瞬間を経験する。その体験が、アート思考を自分の仕事へ引き寄せる入口になります。
■7.人事として、何を考えるか
今回の講演を人材育成の観点から振り返ると、「AI時代だから創造性を育てよう」という一言だけでは捉えきれない論点が見えてきます。AIが答えを出すことが当たり前になるほど、企業内教育で問われるのは、答えを知っていることだけではありません。
・そもそも、何を問うのか。
・目の前の出来事から、どのような意味や構造を見いだすのか。
・自分が無意識に置いている前提や認知バイアスに、どう気づくのか。
・「ピンとくる」感覚を、どう論理と結びつけて形にするのか。
こうした力は、正解を覚える研修だけでは育ちにくいものです。実際に観察する、手を動かす、見方を変える、問いをつくるといった経験を通じて、自分自身の思考の癖に気づくことが必要になります。
AIが「答え」を広げるほど、人には「問い」と「意味」をつくる力が問われる。
また、今回印象的だったのは、アート思考を「感性の強い人のためのもの」と限定しないことです。論理を捨てて感性へ移るのではなく、これまでビジネスで培ってきたロジックに、観察・直感・イメージといった別の知覚を重ねる。
AI時代の人材育成を考えるとき、必要なスキルを追加し続けるだけではなく、人がもともと持っている感覚や問いをどう取り戻し、仕事の中で使えるようにするのかという視点も、重要になっていくのではないでしょうか。
第4回では、ここまでの「AIを知る」「AIと学ぶ」「AI時代に人は何を担うのか」という議論を職場へ移し、AI時代のOJTや現場育成はどう変わるのかを考えます。
ウィル・シードでは「AI時代の学びラボ」を通じて、AIというツールそのものだけではなく、AI時代に人と組織の学びをどう捉え直すのかを、引き続き皆さまと一緒に考えていきます。